人生の四季と森田療法(3)

森田療法で言う「運命を切り開く」とは

しかし私たちを苦しめるのは、神経症の悩みばかりではありません。それぞれの人にはそれぞれの境遇があり、現実的な制限や壁があります。どうにも変えることのできない障害もあります。たとえ欲望に目覚めても現実の壁の前で立ちすくんでしまうこともあるでしょう。

このような個々の人生に対して森田博士はどんな考え方をしていたのでしょう。

この言葉をよく読むと、「柔順に適応する」ことと「運命を切り開く」ということとの間に何か矛盾があるような気がします。それでは森田博士にとって「運命を切り開く」とは、具体的にどういうことを指していたのでしょうか。
「境遇に柔順」ということは、自分の周りの環境に柔順という事に加えて、自分のありのままを受け入れることでもあります。

症状がある、自分の性格が気にいらない、ということがあっても、私たちはそこから出発するしかない。気に入らない性格でも、その反面に必ず自分にとって有益なものがある。森田療法は一元論ですから、すべてのものごとに両面があり、見方によっては良くも悪くもなる。どんな性格であっても自分の使い方次第です。自分にとって有利な面は必ずあるはずなのです。

自分の性格はただの事実。そして自分の境遇もただの事実。

だとしたら、その事実をもとに「変えられるところはどこか」「これを生かして何ができるか」と考える。それが「柔軟に適応する」ということでしょう。そして適応したうえで「運命を切り開く」というのは、「自分で境遇を作り出す」ということです。

これは何も大きなことではないのです。神経質的な性格の人は、何か大きな「やりたいこと」の計画を自分で作ってそれに挑戦するというより、目の前の仕事や、目の前に出てきたチャンスをまず引き受けてみる。真面目な神経質の人は、人に約束したことは実行するし、人に公言してしまったことは放棄できない。そこを自分で利用するのです。そうすると後で振り返ると大きなことが成し遂げられている、あるいは引き受けてやってみたことのなかに自分の興味や方向性を見つけることができる。何よりも、その経験から「学ぶ」ことができるのです。森田博士の言う「運命を切り開く」というのは、抽象的なことではなく、具体的にはこのようなことを言うのではないでしょうか。

人生を「生き尽くす」

功利的な計算ではなく、ただ目の前の知識欲にのって今現在を楽しんでいる森田博士の姿が浮かびます。未来のことや過去のことを思い煩うのではなく、ただ「今、ここ」を充実して生きていくことこそが、私たちの生を輝かせるのです。そしてそのような瞬間瞬間を積み重ねていくことで、流れが生まれ、勢いが生まれてくるのです。

そして森田博士は絶えず「時間」を意識していた人でした。自身が病弱で何度も死にかけたためでもあるのでしょう。自分の残り時間を意識していたと言っていいのかもしれません。時間を大切にしていたのです。そしてまた森田療法の考え方のなかにある「動き」や「流れ」は、「時間」との関連なしには語れません。

神経症の時には、ある意味、時間がとまっています。症状を取り去ることに執着するあまり、周囲の現実や、他の人の心は見えていません。周りの出来事も何か靄がかかった状態です。靄が晴れ、現実のなかで「経験」が自分の血肉になりだしたら、そこからが出発です。変化のなかに身を置くことができるようになれば、時間は自分の味方になります。

これからの人生で神経質者が意識したいこと

さて、生きている限り、自分の残り時間を充実させていくというのが、森田療法の考え方です。それでは、神経質者にとって、これからの人生で意識していきたいことを述べてみます。

ひとつには、エリクソンの言う「世代継承性」を考えるということです。

「世代継承性」というのは、自分がこの人生で得てきた知恵を次世代に渡していくこと、次世代を育てるということです。思えば、森田博士はたくさんの優れた後継者を育てた人でした。他者のなかに「可能性」を見ることが得意な人だったと言えます。

しかし、神経質者は時として、自分の修養や自分の発展に熱心なあまり、次世代を見守る、育成するということが苦手なところがあります。「育成している」と思っていても、それは実は次世代に対する「お説教」やコントロールだったりします。ある程度の年齢になったら、本当に相手をよく見てその相手を育てていく方法を考えていくことが、自身の経験の幅を広げていくことにつながります。

二つ目は、自分ができること、できないことを知り分けることです。一定の年齢になったら「自分でなければできないことは何だろう?」と考える。今まで生きてきた人生のなかで、必ずやどんな人にも、その人の培ってきたもの、得意なもの、習得してきたものがあるはずです。大きなことでなくていいのです。日常の仕事、家事、趣味のなかから知りえたこと、「これはできる」と思うことが、誰にでもある。

その「自分でなければできないこと」でどのように人の役に立つことができるだろうか、と考えてみる。そしてそれに沿って動いていくことも、これからの「境遇を切り開く」ことにつながっていくのではないでしょうか。

人生の時系列に沿いながら、森田療法の示唆する神経質者の「生き方」を述べてきました。言ってみれば、人生とは個々人の成長の物語です。今までの自分の物語を振り返り、これからの物語を編んでいくために、この記事がご参考になれば幸いです。

参考文献
「我執の病理」北西憲二(白揚社)
「森田正馬全集第5巻」(白揚社)
「神経衰弱と強迫観念の根治法」森田正馬(白揚社)

©岩田真理 2020年「生活の発見」誌掲載